さらばモスクワ愚連隊

ジャズは人間の生き方だ、そいつはごまかせない

「さらばモスクワ愚連隊」――この小説を読んだのは高校3年生のとき、とずっと思っていた。調べてみると、それは1966年の『小説現代6月号』……それなら、高校2年生の春である。なぜ3年生のときと思い込んでいたのだろうか。

記憶と事実の検証を兼ねて、ホンのおすそわけができるように、つづっていくことにする――。

この小説は、主人公の元ピアニストがソ連にジャズ・バンドを売り込む仕事を依頼され、下調べにモスクワを訪れるところから始まる。そこで出会った、ジャズ好きな不良少年との交流を描いた物語である。

ここでは、まるでジャズが聞こえてくるような音楽シーンが何度となく描かれている。

路地裏にある「赤い鳥」という店で、トランペットを手にした不良少年が<君去りし後After you’ve gone>をバラード風に吹いていたのに、ロシア風のペーソスがあって面白いと感じる主人公の元ピアニスト。

クライマックスのシーンは、その店で<セントルイス・ブルース>を吐き気がするほど甘ったるく吹いていた少年を見て、元ピアニストが「やめろ! そんな吹き方はよせ」と叫ぶ。

ジャズは人間の生き方だ、そいつはごまかせない、と言いたかった元ピアニストはピアノを前にして座ると、少年にこう言う。

「ワン・コーラスは俺のリードで行く。どこでも勝手に入ってこいよ」

元ピアニストのファンだったエリート大使館員が、独学で勉強したクラリネットで加わり、少年は何もできないまま、暖かいブルースが生まれていく。

夢をひとつずつなくしていった大人たちのセッションは、少年に新しい夢を抱かせた。

夏の夜にブルースが流れた。過去の夢が未来の夢へと続いていくのか……。

大人になるということは、確かに夢をひとつずつなくしていくことでもあるが、いつまでも新しい夢を持てるのがいい。小説を読み返してみて、そう思った。

この「夢」に、人を表す「亻」がつく「儚」は「はかない」と訓読みするが、これは「人の世は夢のごとし」ということなのだろう。ちなみに、中国では、この「儚」は「おろか」とか「くらい」という悪い意味になる。

70歳になる年に願うことはひとつ。

夢の中で、新しい夢がかなう夢を見ている。その夢がさめないまま、永遠の眠りにつけたら最高だ、と。

[BOOK DATA]

「さらばモスクワ愚連隊」
作者:五木寛之
初出:小説現代(講談社1966年6月号)
単行本:講談社(1967年)他に「GIブルース」「白夜のオルフェ」「霧のカレリア」「艶歌」を収録。
文庫本:講談社(1975年・2012年)/角川書店(1979年)/新潮社(1982年)
映画:東宝(1968年、監督:堀川弘通、主演:加山雄三)
6回小説現代新人賞受賞(1966年度上期)