WINDS 風の絵葉書

風が吹いて、雲が芸をしてくれれば、それだけでいい。

幻の写真集「ビートルズ 東京 100時間のロマン」(中部日本放送刊)は、ある先輩に貸したが、ついに返してもらうことなく、彼は旅立ってしまった。

本とお金は、人に貸したら返ってこないと思わないといけない。

本棚には、浅井慎平の本、主に写真集が、何冊もある。いちばん気に入っているのは「WINDS 風の絵葉書」という写真集だ。1981年の発売。

これは本人からサイン入りで頂いた。このころはよく、浅井さんと酒を飲んでいたからだろう。

浅井さんの赤堤のお宅にも、よくおじゃました。屋上に小さなプールがある家だった。1980年には、数日間だが、パリで同じ部屋に泊まった。

語り出せば、思い出はつきない。

「WINDS 風の絵葉書」は、1968年から1981年にいろいろな国々で撮られた写真で構成されている。冒頭に「写真 風に記された文字」と一行。あとは写真の下に「Paris 1975」というように、場所と年代があるだけ。272ページ。タテ296ミリ×ヨコ234ミリという大型本が、ブルーの箱に入っている。

海の写真が多いかというと、決してそうではない。異国の街を歩いていたり、立ち止まって風景を見ていたりして、写真家の心が動いた瞬間を一枚の写真にしている。

とても静かな、あえて言えばセンチメンタルな雰囲気が漂っている。

見ていると、心が静かになってくる。

浅井さんは前に、こんなことを言っていたことがある。

「いい風景に出会って、これを友にも見せたいな。そう思ったとき、シャッターを切っていた」

自分の写真は「ちょっといいピンナップ」と表現したこともある。ピンナップとは謙遜だろうが、誰でも撮れそうでいて、実は撮れない。優れた観察眼、俊敏な動き、撮る速さ、風と光の感じ方……などなど、プロフェッショナルだからこその眼がそこにある。

感心するのは、フレームの切り取り方。デザイナーに「このまま使ってね」と言わんばかりのフレーミングだ。トリミングはさせないよ、と言っているようでもある。

ジャンセンのポスターになったような海の写真はもちろん好きだが、暮れなずむ時の写真もいい。

「風が吹いて、雲が芸をしてくれれば、それだけでいい」

そう語る浅井さんは、頑固そうだけど、まるで少年のようだった。

雑誌の「風の中の美少女」という企画で、浅野温子、熊谷美由紀を伊豆と箱根で撮ったのは1979年。

そのあと、「風の中の少女たち――When I was young」(ワニブックス刊1983年)の撮影で伊豆、箱根、軽井沢などに行った。学生気分のような撮影旅行だったなあ。

そして、1983年に浅井さんと会社を設立。社名は株式会社ネットワーク。

そこでの初仕事は、オフコースを脱退してソロとなった鈴木康博さんのプロモーションビデオ。ハワイでのロケに、プロデューサーとして同行。カメラマンはもちろん、浅井さん。

中学・高校の先輩、鈴木さんから、こう言われた。

「梶原くんは何をやりたいの? 編集者なの? プロデューサーなの? なんか中途半端じゃない。いいのかなあ」

ハワイ島のコナからヒロへ向かう深夜のバスの中。これはちょっとこたえた。この助言があったからというわけでもないけど、編集者としてやっていくことになる。いまだ現役、と本人は思っているが……。

「風の絵葉書」というタイトルの書籍がもう一冊ある。オリンパスカメラクラブ1985年発行。本棚を探したが見当たらない。誰かに貸したのだろうか。

ちなみに、「風」の甲骨文字は、神の使いの鳥である鳳(ほう:「ほうおう」の意)の形で表されていました。のちに鳳の中の鳥をとり、竜を含めた虫が加えられて、風の字が作られました。

[BOOK DATA]

「WINDS 風の絵葉書」
作者:浅井慎平
単行本:サンリオ1981年5月