跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ

強い者がヒーローなんだ。
だから、みんな我を忘れてボールに打ち込むんだ。

最近、バスケットボールの話題がニュースで取り上げられている。ワイドショーでも連日、大騒ぎだ。たった一人の選手が、この原動力である。

八村塁。1988年2月8日生まれ。父親がベナン人、母親が日本人。身長203㎝。宮城県の私立明成高校を経て、アメリカのゴンザカ大学に留学。

運命の日がおとずれたのは2019年6月22日――八村塁は、NBAドラフトでワシントン・ウィザーズから一巡目9位指名を受けた。これがどれだけすごいことか。マスコミの報道を見れば、よくわかるだろう。

バスケットボールを観戦するのが好きだった時期がある。プレイしていたのは中学から高校にかけてだが、最後は病気でマネージャーになった。172㎝の身長でフォワードができた時代だ。

それからは、もっぱら観戦者だったのだが、ある試合がきっかけでバスケットボール観戦者をやめた。

その試合は調べてみたら、1979年12月11日におこなわれた、第10回アジア選手権での日本対中国戦。日本が勝てば、ここで優勝が決まる。結果は68対70。ワンゴールが遠かった。

この試合のことをある雑誌で書いた。生まれて初めての、商業誌での署名入り原稿である。その雑誌を本棚で探したが、どこにも見当たらない。

シュートしないで、パスする相手を探してばかりの日本だったように記憶している。高さでは中国に勝っているのに、勝利の女神は微笑んでくれなかった。

いま覚えているのは、身長230㎝の日本人選手、岡山恭崇。1981年のNBAドラフトで、ゴールデンステート・ウォリアーズからドラフト8巡の10番目で指名を受けた。日本人初のドラフト指名だ。彼が望めば叶ったのだが、オリンピックに出られなくなるルールだったので、彼はプロをあきらめたという。

「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」を読んだのは、そのころだった。同じ歳の作家、川上健一の初めての単行本で、スポーツを題材にした短編集の一本だった。この小説で小説現代新人賞を受賞。

主人公は、ダンクシュートに固執する黒人プレイヤーのジョー。彼の身長は175㎝しかない。

著者は冒頭に「ダンクシュート」の解説を書いている。引用する。

“ダンクシュートとは、バスケットボールのシュートのひとつである。ジャンプ一番、バスケットリングの上から、スナップを利かせてボールを叩き込むシュートの事で、背が高く、しかもジャンプ力がなければ難しいシュートである。バスケットボールの、数有るシュートの中でも、最もエキサイティングなシュートである。”

いまでは当たり前のダンクシュートだが、1977年当時の日本人にとっては未知のものだった。あの有名な「SLAM DUNK」の連載が始まる1990年ころの話ではないのだ。

ジョーはニューヨークのハーレムで、ストリートバスケットのプレイヤー。差別社会で自分をアピールするには、バスケットボールしかない。

身長175センチのジョーがなぜ、ダンクシュートにこだわったのか。

文庫本48ページの短編を読み返してみた。あのころと違う印象を持った。心が動かない。なぜだろうか。考えてみても、答えが見つからなかった……。

印象に残ったB・Bのセリフだけ、引用しておく。

“「バスケットコートの上じゃすべて平等なんだ。若いのも年寄りも、金持ちも貧乏人も、警察もこそ泥もだ。コートの上じゃ、誰だって一人前として見られるんだぞ。だから、コートでぼやぼやしていると笑い者になっちまうんだぞ。それこそ、誰でもだ。何も難しい事はない、強い者がヒーローなんだ。だから、みんな我を忘れてボールに打ち込むんだ(後略)」”

ニューヨークは街中にバスケットコートがあり、家のガレージにはバスケットリングがあり、みんなシュートをすることからバスケットボールを覚えていく。

そんなアメリカに憧れを抱いていた時代の小説である。

いまの若者が読んだら、おそらく、あのころの若者とは違った感想を持つのだろう。再読して、そう感じた2019年の初夏――。

バスケットボールは変わった。バスケットボールを描く小説も変わっていくのだろう。漫画の「SLAM DUNK」や「DEAR BOYS」などが時代に対応しているように。

鎌倉高校前の踏切に集まってくる人たちを見ていると、漫画が持つ影響力のすごさを実感せざるをえない。主に中国人で、地域住民はとても迷惑しているが、それはまた別の話、オーバーツーリズム(観光公害)である。

ちなみに、高校時代、横浜スタジアムがある横浜公園には、米軍の体育館があった。通称フライヤージム。まさに、アメリカにある体育館そのもののつくりだった。

調べてみると、1958(昭和33)年12月に改修されて、横浜公園体育館になり、バスケットコートが横に二面とれる広さだ。

横浜市中区の大会で決勝戦に残ったときは、横の一面を使った大きなコートで試合をした。記憶があやふやだが、相手チームが悔しがっていたことを覚えている。

1972(昭和43)年3月に閉鎖され、いまは跡形もない。

左:フライヤージム、中央:横浜市庁舎、上:横浜文化体育館。
(「横浜文化体育館40年の歩み」/写真提供:神奈川新聞社)

こちらにフライヤージムのことが載っているのでリンクを掲載します:

https://www.hamaspo.com/ando/bmid_2007101817373900001

[BOOK DATA]

「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」
作者:川上健一
単行本:講談社(1978年11月)
文庫本:講談社(1984年7月)/集英社(2002年6月)