「会社を休みましょう」殺人事件

妻に宣言した「会社を辞める」も、
「会社を休んでやる」も、実行できずにいる。

久しぶりにブログの原稿を書いている。およそ二カ月ぶりだろうか。怠け者だなあ、やっぱり。

作者は、推理作家の吉村達也。初出は1993年9月だから、もう26年も前の小説である。

懐かしさよりも、この小説の成り立ちを思い出しているところだ。文庫本のあとがきから引用しよう。

“アマチュア時代の原稿ストックの中から、おっ、と思うものが出てきました。

ペンネーム……森川晶。

タイトル……『プロメテウスの休日』。

じつはこれ、私ひとりの作品ではないのです。(中略)これは三人の合作である(中略)。その三人とは――当時の肩書でいいますと――ニッポン放送制作部のプロデューサーであった宮本幸一。企画会社ネットワークのプロデューサー梶原秀夫。そして、ニッポン放送から扶桑社という出版社に出向してまだ一年も経っていないころの私、吉村達也です・

三人とも三十代前半の若さでした。”

詳しい経緯は省略するが、この三人で企画会議を開き、そこで「会社を休みましょうの手紙」というアイディアを何とか小説にして、新人賞に応募しようとなったのだ。

応募先は、1984年7月末日しめきりの『第43回 小説現代新人賞』。

結果は、応募総数891編、第三次予選の26作までは残ったが、最終候補の7編には洩れてしまった。

これを題材にして、吉村達也が9年後にタイトルも中身も一新して、発表したのが「会社を休みましょう」殺人事件。

物語の主人公は、東大出のエリートサラリーマン森川晶。29歳。仕事、仕事の毎日の中、彼を高く評価している仕事人間の部長が会社で殺される。犯人と疑われてしまった森川は、葬儀から帰ると、妻に向かって叫ぶ。

「ばかやろー! こんな会社、辞めてやる」

妻から「じゃあ、辞めれば」とあっさり言われ、怒りを爆発させた森川は妻を責めるが、妻の指摘が正論だと気づく。

正論を認めたくない森川は、黙り込むしかなかった。

なんのために働いているかわからなっていく森川だが、妻に宣言した「会社を辞める」はかなわず、それなら「会社を休んでやる」と思うも、実行できずにいる。

そんな会社人間の生態と心理を描いた小説である。再読した。

思わず「うまくまとめたよね、吉村ちゃん」と声が出た……。

その吉村達也から電話をもらったのは、2012年の春だった。京都に住んでいた彼が、ぼくの妻に相談したいことがある、というのだ。妻は、東京の杏雲堂病院で看護部長をしていた。

体調が悪いから、精密検査を受けたい、と言う。妻は症状を聞くと、すぐに来院してほしい、と彼に告げた。

出版する予定だった原稿が遅れていたので、体調が悪いのは知っていた。京都大学病院を紹介すると、何度も言っていたのだが……。

東京へ来た彼を見たとき、あまりの痩せように驚いた。即、入院。

検査の結果は、残酷なものだった。進行性胃ガン。もう手術することはかなわないほど、病魔に侵されていた。

彼は入院すると、ベッドで診療の記録をメモしだした。取材で持ち歩いていた小さなノートに、克明なメモが残されている。

そして、このメモを本にしてほしい、とぼくに告げた。インタビューも受けるから、それも使って、構成は任せるので、と。

あれほど口述筆記を毛嫌いしていたのに、最後の本はそれでもいいから出してほしい、と言う。

死ぬ二日か三日前に、こう言われた。

「ぼくが死んだら、あるコメントをサイトに載せてほしい」

返す言葉が見当たらなかった。

かれの口から出た言葉をサイトに載せた。それは――、

「長らくごぶさたしておりました。 突然ですが、私はこの度、死んでしまいました。」

死後2カ月たって、角川書店から、遺作となった「ヒマラヤの風にのって」が出版された。

生前、彼から頼まれた「遺骨をヒマラヤの山にまいてほしい」は、まだ実現できずにいる。

吉村達也は稀有な才能を持った作家であり、編集者であり、プロデューサーだった。

扶桑社では、一緒に数多くの本を作った。ベストセラーとなった本が多い。順不同でいくつか挙げると、「究極の選択」「10回クイズ」「明石家さんまの『こんな男でよかったら』」「恐怖のヤッちゃん」「これが噂のヒランヤだ」「おニャン子クラブの一連の本」……。

ノアズブックスでは、魔界百物語シリーズを100冊刊行する予定だったが、「妖精鬼殺人事件 」「京都魔王殿の謎」「幻影城の奇術師 」の3冊で終わってしまった。無念である。

二人で旅行にも行った。天河神社、知床、サンディエゴ、オリンピック国立公園、ヨセミテ、長野オリンピック、嵐山温泉……。

彼は、どこでも小説を執筆していた。ワープロで。

思い出はつきない。200冊以上の単行本を上梓して、60歳で旅立った作家の死を悼む。

あのとき、京都で無理やりでもいいから病院へ行かせていたら……と思ったところで、むなしさだけがつのる。

彼にはよく「別に、死ぬわけじゃあるまいし」と言っていたのに、彼がいなくなり、そして何人かの友がいなくなり、まして自分自身が古希を迎えてみると、死を考えることがある。

このブログを書き始めたのも、そう考えるからでもある。

自分の人生を振り返ってみると、意外に早く過ぎたな、と感じる。

まだまだ、お楽しみはこれからだ、と自分に言い聞かせてはいるけど……。

どうも、湿っぽい話は苦手だ。

吉村達也の小説でも読み返してみようかな。

[BOOK DATA]

「会社を休みましょう」殺人事件
作者:吉村達也
初出:光文社1993年9月 文庫書下ろし
文庫:集英社2018年10月25日