オリンピック開会式で、
ジャパンの総理を暗殺してもらいたい
2020年7月24日に開幕する東京オリンピック。
その開会式で日本の首相の殺害を依頼されたスナイパー〝コヨーテ〟は、暗殺に向けて完璧な計画を練り上げていく。
テロを防ぐべく、万全の警備体制の警視庁は、見えない敵を追う。
その4か月間の攻防を描いた物語である。
なぜ本書を取り上げたのか――。
ひとつは、著者と知り合いだからである。
もうひとつは、東京オリンピックが舞台だからである。
私たち団塊世代にとっては、二度目の東京オリンピックだ。
一度目は中学3年生だった。1964年10月10日から24日までの15日間。
チケットを持っていれば、学校を休んで見に行くことができた。
バレーボールの予選を横浜文化体育館に見に行った。バレー部の武田君がバスケット部のぼくを誘ってくれたのだ。
ソ連の試合だったが、相手チームは覚えていない。ジャンプ力のすごさだけが記憶に残っている。あとはほとんど覚えていないのだから、自分でも嫌になる。
彼がなぜ、ぼくを誘ってくれたのか。機会があれば、聞いてみたい――。
テレビで見て印象に残っているのは、開会式、マラソン、女子バレーボールかなあ。東洋の魔女たちは見事、優勝した。
マラソンの円谷幸吉は、ゴール前200メートルで抜かれて第3位。優勝したのはエチオピアのアジス・アベベ。裸足でなく、靴を履いて走っていた。2位になったのは英国の選手だったかな。
そういえば、柔道の無差別級で神永選手が、オランダのアントン・ヘーシンクに敗れた。多くの日本人が悲しんだ試合だった。
100メートルで当時10秒1の日本記録を持っていた飯島選手は、準決勝で敗れた。
彼はメキシコオリンピックでも準決勝で敗退したが、その年の暮れ、プロ野球ドラフト会議で指名された。野球は素人の、代走専門選手である。
調べてみると、東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に3年間在籍、117試合に出場。盗塁はわずか23個(失敗17個、牽制死5)に終わったが、話題性は高く、観客動員には大いに貢献した。
そして、56年後の2020年、またオリンピックが東京で開催される。
今回は、オリンピックが7月24日から8月9日まで、パラリンピックが8月25日から9月6日まで。
「夏季五輪」だから、8月開催が多いのは当然かもしれないが、日本のように蒸し暑い国はほとんどない。
オリンピック招致のとき、猪瀬元東京都知事はこう発言した。
「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」
こんな嘘をついてまで、東京でオリンピックを開催する必要があったのだろうか。
予算が3兆円に膨れようが、関係者たちの懐が痛むわけではない。ぜーんぶ税金だ。
30兆円の経済効果がある、というが、その試算には「?」がつく。
しかも、誰も予想しなかった新型コロナウイルスの感染拡大。
もはやパンデミックはまぬがれない。オリンピック開会までに終息宣言がでるはずもないだろう。
こんなときに読んだのが「コヨーテの翼」。
一気に読ませてくれたが、物足りなさも残った。
1971年に発売されたフレデリック・フォーサイスの小説「ジャッカルの日」と比べても仕方がないが、作者への期待が大きすぎたのかもしれない。
「開会式」で総理を撃つ、という設定が無理だったのだろう。オリンピック期間中に総理を狙撃する、というのなら、どうだったか。
ゴルゴ13になってしまいそうだ。
同時期に、真山仁の「トリガー」上下2冊も読んだ。四六判ハードカバー、2冊で544ページだが、一気に読めた。
東京オリンピックの馬術競技で、金メダル候補の韓国人女子選手が一発の凶弾に倒れた。彼女はソウル地方検察庁検事でもあり、韓国大統領の姪でもある。
オリンピックで殺人事件が起こったら、実際にはこういう展開にはならないかもしれない。だが、複雑に絡み合う日本、韓国、在日米軍、そして北朝鮮の潜伏工作員。
個人的には、すごく面白かった。
真山仁という作家は「ハゲタカ」シリーズが有名だが、その他にも「虚像の砦」「コラプティオ」「バラ色の未来」など、好きな作品がいくつもある。
オリンピックついてに、もう一冊。
ロバート・ホワイティングの「ふたつのオリンピック」。四六判ソフトカバー、581ページ。
これはタイトルに魅かれて、アマゾンで衝動買い。
残念だった。オリンピックの章は全12章のうちの2つだけ。ページ数にしたら、5分の1しかない。あとは著者の自伝的なノンフィクション。
この作家の「東京アンダーワールド」と「東京アウトサイダーズ」を読んでいたから、まあまあ楽しみながら読めたけど、帯の「自伝的」はあっているものの、「現代史」というには自慢話が多すぎるように感じた。
勘違いなのか、間違った表現も見受けられる。残念だったし、なぜか悲しかった。
なんだか、まとまりのない原稿になってしまった。
新型コロナウイルスの恐怖で、落ち着かないから……ということにしておく。
最後に「コヨーテの眼」の作家のことを少しだけ。
彼のことを「ガンちゃん」と呼んで、一緒に仕事をしていた時期がある。
麻雀も何度かした。
飲みにも行った。
本も作った。
まさか、I(本名を公表していないのでイニシャルで書いたが、ペンネームもイニシャルはIか)が作家になるとは思いもしなかった。
同じ編集部で仕事をしていた誰もが、彼が作家になったことは信じられないにちがいない。そのときの編集長は、作家になった吉村達也である。
吉村達也がいない今、あなたにはもっともっと面白い小説を書いてほしい、と願う。ぼくより、一回りも若いのだから。
夢は必ずしも叶わないけど、願いはいつか叶うものだ。そう信じている。
[BOOK DATA]
「コヨーテの翼」
五十嵐貴久
初出:小説宝石2016年11月号~2017年10月号
単行本:双葉社2018年12月23日 第一刷発行