ノーサイド・ゲーム

ノーサイドって言葉、調べてみたんだよ。
英語圏のラグビー用語としては見つからなかった

「読んでから見るか、見てから読むか」
角川映画第2弾「人間の証明」で使われたキャッチコピーだ。実にうまい。映画と原作本のタイアップである。
本を読んでいない人にしてみれば、何だか暗号のように感じられるコピーだが、CMで流れた西条八十の詩と絶妙にリンクしている。
「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」
このナレーションとキャッチコピーがまるで謎解きのようだった。
ちなみに、作者は森村誠一、月刊誌「野生時代」で連載され、1976年に単行本として発売。翌77年、映画にあわせて文庫化された。
映画の監督は佐藤純彌、主役は松田優作。

「人間の証明」は「読んでから見た」のだが、今回の「ノーサイド・ゲーム」は「見てから読んだ」。

どちらを先にするか――好みにもよるだろう。個人的には、読んでから見るほうがいいかな。
映画が好きか、本が好きか、にもよるかもしれない。
思い返してみると、見てから読んだのは数えるほどしかない。それなのに、今回は見るほうが先だった。どうしても本を買う気になれなかったからだ。
なぜか――。

本の発売は6月11日。書き下ろしの単行本である。
テレビドラマの開始は7月7日。毎週日曜日の21時から、TBS系の「日曜劇場」で9月15日まで放送される。
そして、9月20日からラグビーワールドカップが日本で開幕。

できすぎじゃないか。
こうやって、うまく乗せられてしまうのだろう。なぜか素直になれなかった。池井戸潤が好きな作家だけに、余計にそうだった。

それでも、ラグビーは好きだから、テレビドラマは録画して見た。
これが意外に、と言ったら制作者に失礼だが、面白かった。やはり、池井戸潤は巧みなストーリーテラーだった。

物語の主人公、トキワ自動車経営戦略室次長の君嶋は、常務の買収案件に反対の意見書を出した。その案件は取締役会で見送られたが、3か月後、君嶋は横浜工場総務部長に左遷させられてしまう。
このあたりは、作者ならではのビジネスもの「半沢直樹シリーズ」を予感させる出だしだ。

横浜工場総務部長は、ラグビー部のゼネラルマネージャー兼務と決まっていた。ラグビー素人の君嶋が新監督に迎えたのは、大学時代のスター選手であり、君嶋の同級生だった。
ここからは、社会人ラグビーの問題点を取り上げながら、ラグビーの描写もふんだんにある。かつての強豪チームも、いまや巨額の赤字で、本社との板挟みになる。

ラグビーに関しては、テレビドラマがかなりがんばっていた。ラグビー経験者を起用しているので、プレイを見ていて違和感がない。とくに、慶應卒業でジャパンのキャプテンを務めたこともある廣瀬俊朗が出ていたのには驚いた。
君嶋の奥さん役を松たか子が演じているが、原作には出てこない。ここはテレビドラマならではの演出であろう。

久しぶりに楽しいテレビドラマだった。録画で見始めたのに、いつのまにか生放送を見るようになった。
やっぱり、ラグビーが好きなんだ、と改めて実感した――。

ラグビーをプレイしたことは一度もない。それなのに、ラグビーの試合はよく見ていた。秩父宮ラグビー場に行くようになったのは、写真家の浅井愼平さんと知り合ってからだ。
あるときなど、ハワイロケの帰りに成田から秩父宮まで直行した。慶應対明治の試合だったと記憶している。浅井さんは早稲田大学なのに、慶應も応援してくれていた。早慶戦になると、そうではなかったが……。
ラグビー観戦の後は、赤堤にあった浅井宅で酒を飲みながら、ラグビー談義に花が咲くこともしばしば。

我が母校の慶應ラグビー部のことでもっとも印象に残っているのは、1985(昭和60)年度のシーズンだ。
対抗戦4位だったのに、大学選手権で対抗戦で敗れた早稲田を下し、決勝に進んだ。相手は明治だ。
雨の降る寒い日だった。明治卒で博報堂の村山君と一緒に国立競技場で観戦。持参したスコッチをちびちび飲みながら。
結果は引き分けだったが、抽選で慶應が日本選手権に出場。

1月15日、国立競技場。慶應はトヨタ自動車を破り、日本一となった。監督の上田は当時、トヨタ自動車に在籍していた。
選手としてもトヨタ自動車で日本一、監督としても慶應で日本一。強運の持ち主であった上田も、62歳で逝去。病には勝てなかった。

ラグビーの思い出はつきない。
1991(平成3)年、第2回ラグビーワールドカップ。日本の全試合を現地で観戦した。
この話はある本を読んでから、改めて書きたい。記憶があやふやなので。

本の話をしたいのに、脱線ばかりだ。
テレビは、新型コロナウイルスのことばかり報じている。それなのに、なんで「パンデミック」と言わないのだろうか……。

また脱線しそうだ。
ラグビーを題材にした小説は、ほとんどない。既読のものを順不同に挙げてみよう。
堂場 瞬一「二度目のノーサイド 」(小学館文庫)、「10 -ten-」 (実業之日本社文庫) 。
古いけど、石原慎太郎「青春とはなんだ」(角川文庫)。
小説ではないが、馬場信浩「ノーサイド伝説―激闘!早慶明ラグビー」(講談社)。

こうしてみるとラグビーは、小説の題材には向かないのかもしれない。
そんな中で「ノーサイド・ゲーム」は、一読しておいて損はない一冊といえる。

[BOOK DATA]

「ノーサイド・ゲーム」
池井戸潤
単行本:書き下ろし。ダイヤモンド社2019年6月11日 第1刷発行