麻雀放浪記

お前さん、麻雀は強いかもしれねえが、まだ若いんだよ

1969年1月、面白い小説を読んだ。阿佐田哲也の「麻雀放浪記」。

『週刊大衆』というちょっとHな週刊誌での連載だった。『平凡パンチ』と違って、10代の若者が読むような週刊誌ではないのに、しかも浪人していて受験を控えている時期だというのに、どうして読んだのか。今となっては、まったく思い出せない。ただ、毎週、その週刊誌を買っていたことだけを覚えている。

麻雀を覚えたのは、小学校4年生のとき。いわゆる、家族麻雀。父、母、祖父が相手だ。面白いゲームだと思った。

高校時代は同級生たちとよく卓を囲んだ。学校から父兄の呼び出しを食らったのも、さぼって麻雀をやっていたことがばれたからだった。

浪人生時代も、仲間たちが集まれば、酒より麻雀だった。

そんな麻雀歴がまるで赤ん坊に見えるほど、小説の世界は強烈だった。

終戦直後の上野が舞台。主人公は、博打にのめり込んでいく「坊や哲」という青年。いかさまの技を磨き、麻雀で食べている仕事師たちとの激闘を描いていく物語だ。

イカサマ技のからくりを見抜いたつもりの坊や哲だが、言われて唖然とする場面がある。本文から引用しよう。

「俺の上がった大四喜字一色とそっくり同じような手が、お前さんに入った」
「ええ、でも、ちょっとちがってたでしょう。(中略)」
「うん、そこが問題なんだが、お前さんはあの手をアガリきらなかった。そこが甘いところなのさ」
 私はもう一度あの手を思い起こした。(中略)
「お前さん、麻雀は強いかもしれねえが、まだ若いんだよ」
 私は頭をたれた。一言もなかった。
興奮した。驚いた。
この手の小説は、英語ならピカレスク・ノベル、フランス語ならロマン・ピカレスクというらしいが、日本語訳は悪漢小説・悪者小説というのだから、いただけない。
まあ、そんなことはどうでもよくて、とにかく少しでも麻雀を知っている人なら、読んでみるといい一冊だ。
この小説に何らかの影響を受けた人は、かなりいるはずだ。
余談になるが、五木寛之と阿佐田哲也の両氏が麻雀をしている部屋にいたことがある。赤坂の「乃なみ」という旅館で、勤めていた出版社の社長が一緒に卓を囲んでいたからだ。ここは社長の実家でもある。
社長に「かわってください」とお願いしたが、あっさり断られてしまった。これだけは、いまだに残念でならない。チャンスを逃すと、ずっと後悔を引きずってしまう。
ちなみに、「麻」は植物の「あさ」を指し、昔から多くの神事に使われていた。乾燥させた「大麻」の作用から「感覚がなくなる」ことも表している。
「雀」は、日本では「すずめ」という小鳥のことだけど、中国では「鳥」全般を指すという。だから、「孔雀(くじゃく)」とか「雲雀(ひばり)」という言葉があるわけだ。
では、中国語で「すずめ」は何と言うのだろうか。調べてみて、驚いた。なんと「麻雀」である。
だから、漢字は面白い。日本の漢字は、日本語として発展したという証でもある。

[BOOK DATA]

「麻雀放浪記」
作者:阿佐田哲也
初出:週刊大衆(双葉社1969年1月~6月連載。のちに「青春編」と呼ばれる)
単行本:双葉社(1967年)
文庫本:角川書店(1979年)/文藝春秋(2007年)
映画:東映(1984年、監督:和田誠、主演:真田広之)/「麻雀放浪記2020」東映(監督:白石和彌、主演:斎藤工)
漫画:「麻雀放浪記 青春編」(作画:北野英明、双葉社、1975年)など多数あり。
※シリーズは全4作「青春編・風雲編・激闘編・番外編」(角川文庫1979年/文春文庫2007年)。
※「新麻雀放浪記―申年生まれのフレンズ 」(文藝春秋1981年/文春文庫1983年)。