疫病2020

この星を支配し続ける人類を脅かす
最大の敵はウィルスである

この言葉は、本書の「はじめに」の冒頭に書かれている。33歳のときノーベル生理学・医学賞を受賞し、2008年に82歳で亡くなったアメリカのウィルス研究の第一人者、ジョシュア・レダーバーグが遺した言葉だ。

まさしく、2020年はその通りの年になってしまっている。

日本に限って言えば、その「はじめに」で著者はこう書く。

〝日本では、コロナ対策を「官僚」に依存して乗り切ろうとした安倍晋三首相が信じがたいリーダーシップの欠如を露呈した。
感染国からの入国禁止措置という最重要策を採らず、ウィルスが拡大した欧州からの入国禁止も決定的に遅れ、日本国内に無症状感染者が蔓延する事態を創り出してしまったのである。経済対策も財務省に丸乗りした首相に、コアな支持者からも失望の声が飛んだ。〟

5月末に書かれたであろう「はじめに」である。

ここ数か月、政府の対応が後手、後手にまわる日本を見ていると、言い知れぬ怒りを覚えた。きちんとした政策決定ができていない。

テレビなどの報道を見るにつけ、無性に腹が立つ。特に、ワイドショーのコメンテイターたちの物言いはひどい。

NHKのニュース以外、ワイドショーは見ないようにした。それなのに、感染症関連の本は数冊読んだのだから、自分でも不思議な感覚だ。

本書以外に読んだのは、海堂尊の「コロナ黙示録」。これは「チーム・バチスタの栄光」でデビューした著者が、シリーズの登場人物を使って、混乱する政治の舞台裏を書いた小説だ。政治家や官僚の顔を思い浮かべながら読めるので、それなりに楽しめた。

もう一冊、大原省吾の「首都圏パンデミック」。タイトルに惹かれて、アマゾンで衝動買いしたら、これがなんと以前出版した単行本「計画感染」の文庫化だった。幻冬舎はあくどい商売をする出版社だ、と改めて思わされた。小説としては可もなく不可もなく、というか、人に勧めるものではない。

その他にも、コロナと関係ない小説をいくつか読んだ。面白かったのは、今野敏の「スクエア~横浜みなとみらい署暴対係」。シリーズ5作目だけど、どれも面白い。

池井戸潤の「陸王」もよかった。これはいつかおすすめの一冊に入れたい本だ。テレビドラマ化になっているのだが、見逃してしまっている。

あと、梶山三郎の「トヨトミの野望」と「トヨトミの逆襲」の2冊もいい。トヨタ自動車がモデルだろうから、ドラマ化になることはないが、いまのところ今年一番のおすすめ本である。

だが、おすすめの本として書くのはやはり、本書「疫病2020」であろう。ただ、読了してから、まる一か月以上、何も書く気が起こらなかった。

そんなとき、渡哲也さんが亡くなった。初めて取材した芸能人だ。タウン誌「中華街」の創刊での取材だったが、話を聞く時間がなく、撮影所で写真をワンカット撮っただけだったが……

渡さんはコロナで亡くなったのではないが、その前に30歳の若さでこの世を去った三浦春馬のことが気になっていた時でもあり、人の死をうまく受容できないでいた。

三浦春馬はアミューズ所属の俳優である。彼の初舞台「星の大地に降る涙」の楽屋で一度だけ会ったことがある。これは、岸谷五朗と寺脇康文が主宰する地球ゴージャスの舞台だ。

いい芝居だった。終わって、岸谷と寺脇に挨拶するため楽屋へ向かった。

「春馬、よかったね」

それが二人への第一声だった。失礼な話ではあるが、五郎ちゃんは笑いながら言った。

「そうでしょ。いいんだよ、春馬は」

僕が「会いたい」という顔をしていたのか、楽屋に呼んでくれた。

会うなり、思わず、名刺を手渡した。タレントに名刺を渡したのは、萩原健一以来、二人目だ。普通はマネージャーに渡すもので、それは知っていたけど、気がつくと名刺を渡していた。

いま、手元に彼の最後の本となった「日本製」がある。担当編集者に送ってもらった本だ。まだ、完読できていない――。

話を戻そう。

この「疫病2020」は、門田隆将というジャーナリストが書き下ろした。

14章からなるが、その章タイトルを見れば、おおよその内容が検討つくだろうから掲載しておく。

  • 飛び込んできた厄災
  • お粗末な厚労省
  • 異変はどう起こったか
  • 告発者の「死」
  • 怒号飛び交う会議
  • 中国依存企業の衝撃
  • 迷走する「官邸」「厚労省」
  • 台湾の完全制御作戦
  • リアリストたちの反乱
  • 「自粛」という名の奮戦
  •  武漢病毒研究所
  •  混沌世界へ突入
  •  中国はどこへ行く
  •  未来への教訓

まず、著者は1月17日の朝日新聞の記事に着目する。それは専門家二人のコメントだ。

川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は「感染があったとしても、インフルエンザやはしかと比べて確率はとても低い」と話す。

国立国際医療研究センター国際感染症対策室の忽那賢志医長は「現時点ではSARSMERSと比べて重症度は低い。むやみに恐れる必要はない」という。

このコメントを受けて、著者はこう指摘する。

〝これらの専門家の意見が厚労省全体を支配していたことは間違いない。ほかのメディアも楽観論は似たり寄ったりで、たとえば、時事通信は一月二〇日にも「人からの感染、限定的、専門家、冷静な対応を求める―新型コロナウィルス」と題してこんな記事を配信している。
(前略)岡部信彦所長は「国内の人は特別な対策は必要ない。手洗いやマスクなど、インフルエンザの予防策を取れば足りる」と話す。(中略)「帰国後に熱やせきの症状が表れたら、渡航歴を告げてほしい」と求める。(後略)〉
これらの記事に登場する専門家たちは、予想に反して事態が深刻化すると、以前の自分の意見とは「正反対」のことを唱え始める。〟

さらに、著者は「彼らの意見がそのまま厚生労働省の基本的な考えとなり、結果的に日本は初動から〝致命的な失敗〟を続けることになる」と言い切っている。

このあとの対応を本書で見ていくと、言葉を失ってしまう。興味ある方はぜひ、一読するといい。

前に紹介した本「首都感染」で書いたように、春節の前に、中国からの渡航を禁止すべきだったのだ。初動の失敗はこれにつきる。

それに加担していたのがWHOである。130日になって、やっと「緊急事態宣言」を発した。ここに至って、日本の厚労省も「国内でも人から人への感染が起きている」と発表したが、まるで春節の終わりを待っていたかのようである。

ここから国際社会は一斉に「中国からの入国拒否」に入っていったが、日本は2月1日に「湖北省への渡航歴のある外国人の入国拒否」を発表したにすぎない。

そこへもってきて、ダイヤモンド・プリンセス号の大事件である。厚労省は感染症対策のノウハウをまったく持っていないことが明らかになった。

著者は「日本の水際対策の失敗は、厚労省の危機意識の欠如から来ていた」と断言する。

ダイヤモンド・プリンセス号での感染爆発で、さすがに危機感を持ったのだろう、政府は2月16日に第一回新型コロナウィルス感染症対策専門家会議を開く。

ここで決められた医療機関の「受信の目安」が問題だったのは、記憶に新しい。3か月後の58日に、何かと評判の悪かった「37.5度以上の発熱が4日以上続いた場合に相談窓口に」という受信の目安を、加藤厚労大臣は「我々から見れば誤解です」と述べた。誰もが唖然だった、であろう。

2月27日、安倍首相は突如、全国の公立小・中・高校、特別支援学校の一斉休校を要請した。首相が起こした初めてのアクションである。

たまたま神奈川県庁の職員と話したのだが、本来なら事前に連絡が入るのに、今回は寝耳に水だったそうだ。春休みまで、わずかだというのに、何を焦ったのだろうか……

どうせなら、このときに「緊急事態宣言」をしていたほうがずっとましだった、と思ってしまう――。

驚いたことに、この時期まで、全国の自治体はマスクや医療用防護服を中国へ贈るという「中国支援」を行っていたのだ。支援自体は悪くないが、自分たちが同じ目にあうという想像が働かなかったのであろうか。尋常ならざる支援を行わなくてもよかったのではないか。

東京都は、医療用防護服を数回にわたって33.6万着も中国に贈っている。危機が明らかになった2月18日以降に、そのうちの20万着も贈っていたのだから、呆れるばかりだ。一部の政治家が中国に〝いい顔〟するために、都民の貴重な資源を利用した小池都知事の責任は重い。

本書を読み進めていると、どんどん腹が立ってくる。この怒りはどこにぶつければいいのだろうか――。

友と酒を酌み交わす日はいつになるのだろう。

予約していた、家人とのハワイ旅行はキャンセルした。

外での食事も制限している。

これが新しい生活なら、そんな生活を誰が望むというのか。

熱中症とコロナ感染症、インフルエンザとコロナ感染症、そして持病とコロナ感染症――死と隣り合わせの日々が続いていくのだろうか。

楽しく愉快で、元気な人生でありたい、と願う。

そして、次の世代の人たちに、良い知恵を遺すことができれば幸いである。

[BOOK DATA]

「疫病2020
門田隆将
単行本:産経新聞出版令和2年6月27日 第1刷発行